昔話 2021 2 20

 もう20年以上前になるかと思いますが、
「大蔵省腐敗官僚」という本を読んだことがあります。
 この本は、大蔵省のエリート官僚が、軒並み、
過剰な接待を受けていたことを題材にしたものです。
 この本の題名は、ひどいものですが、本を読むと、
スキャンダルの対応に追われる職員の苦悩と、
それでも国家のために働いてきた矜持を感じて、
私は、すっかり「大蔵省ファン」になってしまいました。
 マスコミの報道は、まるで豪雨のような激しさでした。
何しろ、将来有望なエリートは、
例外なく接待を受けているような報道ぶりだったので、
もしかすると、大蔵省存亡の危機ではないかと思えるものでした。
 しかし、やがて騒動は終わるという評論もありました。
なぜならば、エリート官僚には、職務権限がなかったからです。
 仮に、たとえば大臣官房審議官が銀行業界から接待を受けていたとしても、
審議官には銀行業界に対する職務権限がないからです。
 しかし、国民から見れば、そういう専門的な話ではなく、
公務員倫理が大きく問われる大事件となり、
官僚と業界が接触する機会や場所を厳しく制限することになったのです。
 ただし、そういう機会や場所は、
官僚が業界から情報収集する機能がありましたので、
「霞が関」が情報不足になったとも言われました。
 本当の話かどうかわかりませんが、
昔は、資産家が、霞が関近隣に、会議室や休憩室を用意して、
無償で官僚に利用させていたという「うわさ」を聞いたことがあります。
 東京大学法学部を卒業しても、
官僚の給料は、あまりにも安いのです。
 民間企業に就職した同期の仲間とは、
同窓会で給料の話が出ると、つらかったと思います。
 国会対応で深夜まで残業、しかし給料は安い。
これでは、遅かれ早かれ、「霞が関」は、優秀な人材を集められなくなります。
昔だったら、「天下り先がたくさんある。今は我慢しろ」と言えたかもしれません。
 さりとて、篤志家が、霞が関近隣に会議室や休憩室を用意するのは、
公務員倫理の関係で難しいかもしれません。
 国会対応で深夜まで残業して、自宅に帰ったら、早朝だった。
大臣答弁ならともかく、総理大臣答弁になると、そうなると聞いたことがあります。
























































































スマートフォンのトップページへ